京都大学 喜多教授との対談

新井翔太氏と喜多一教授(京都大学)の対話は、現代の教育や大学生のキャリアに対する考え方に新しい視点を提供している。新井氏が運営する「Abuild就活」というサービスは、単に企業の内定を獲得すること以上に、社会人としての実力や能力を養う場を提供している。このサービスの背景には、現代社会で必要とされるスキルや知識、そして人間性が大学だけでは教えきれないという現状認識がある。

教授の言葉から、大学生の成長とキャリア形成の過程において、入学がゴールではなく、一つのスタートラインであることへの意識を持つ重要性が強調されている。大学入学後も、次のステップへの準備としての自己鍛錬や、社会での役割を見つけるための努力が求められる。そして、その努力の一環として「アビルド就活」のようなキャリア構築サービスが存在するのは、大学生やその親たちにとって大きなチャンスとなる。

この対話を通して、現代の教育や就職活動のあり方についての問題意識や解決策への期待が感じられる。大学という閉じられた環境だけでなく、より広い社会との接点を持つことの重要性、そしてそのための具体的な支援やトレーニングがどれだけ必要か、ということを私たちは理解しなければならない。今後の教育やキャリア形成の支援において、こうした取り組みや意識の変革が更に進展することを期待する。

喜多 一 氏

京都大学 国際高等教育院 教授

歴任
京都大学 情報環境機構長・京都大学 国際高等教育院 副院長
京都大学 学術情報メディアセンター・大学評価・学位授与機構 評価研究部

ものづくりワークショップでの出会い

喜多先生、初めてお会いしたのは京大のワークショップだったと思いますが、その活動はいつから始めたのですか?

そうですね、10年近く前からスタートし、年2回ほどで合計19回行っています。時には大学のキャンパスで、時には長野県の岡谷市で街歩きなども行いましたね。

諏訪の岡谷市で、町の文化や特色を体感し、プロトタイピングを行う3日間のワークショップでしたね。記憶に新しいのは、公民館でのプロトタイプの実演やプレゼンの時間です。

美大の学生さんも参加していて、綺麗に仕上げる必要はないという新しい経験をしていましたね。綺麗に作ることが正義とされる美大の世界とは異なり、汚いプロトタイピングでも価値があると感じてもらえたと思います。

京大の学生は理論をしっかり説明できる一方、地元の工業系の学生は手を動かす実践力がありました。異なるバックグラウンドを持つ学生が一堂に会し、多様なアイディアや意見が交わるのは魅力的でしたね。

喜多先生の経歴

喜多先生は大学を卒業されてからどんなキャリアや経歴だったのでしょうか?

京都大学の博士課程で単位認定退学という形で、電気工学科で10年間助手をしていました。その後、東京工業大学で知能システム科学専攻が作られた時に遺伝的アルゴリズムの研究を行うトップレベルのグループに呼ばれ、3年間助教授として勤務しました。

その後は大学を評価する組織である大学評価・学位授与機構、現在の大学改革支援・学位授与機構に移動しました。ちょうどその組織が新しく作られた時期でした。

その後、京都大学のメディアセンターでの役職に就かれたのはどのような繋がりからですか?

電気工学の先輩からのお声がけでした。当時はITの基盤という立場で、1,000台規模の教育用のコンピューターやネットワークのインフラ整備を主に担当しました。10年ほどメディアセンターにいました。

 それが、教養教育の先生方との協力を深め、情報教育そのものに関わるようになったのですね。

インフラの整備だけでは、学生への教育のデザインが難しいため、情報教育に深く関わることに興味を持ちました。そして、国際高等教育院へ異動し、教養教育の改革全体をお世話する副院長として活動することになりました。

その経験を通じて、教育に対する考えやビジョンがさらに深まったのでしょうね。
ところで、国際高等教育院の副院長ってめちゃくちゃ偉いですよね。

偉くはない、関西弁でいう「えらい」です。大変しんどい(笑)

(笑) そして、情報環境機構長としての役職になって2020年のコロナの時期に突入したとのことですが。

情報環境機構長は、基本的には各ネットワークからセキュリティからサーバーインフラからスーパーコンピューターから教育の端末まで大学のIT全体を総統括する仕事でした。

まさに、そのコロナ禍の最中は情報環境機構長としての責任が大きかった。新しく全学的に授業をオンライン対応できるようにしました。

そして今は、国際高等教育院にまた戻っています。

大学という存在は複雑

喜多先生から見て、大学という組織の位置づけは?

大学の役割は、主に教育、研究、そして社会貢献の3つですね。どれか一つでも大変なのに3つやっているというのは、多くのステークホルダーを持つ複雑な組織です。

研究だけやればいいわけでなく、より幅広く複雑ですよね。

まさに。企業には特定のドメインがありますが、大学は商店街のように多岐にわたって先生ごとに専門が全部違う。様々な専門分野の教授が、それぞれの研究を進めながら教育の場を共有する、多様性に富んだ複雑な組織です。

産学連携の実際

「産学連携」という言葉が社会的な意識として増えてきましたが、大学にとっては負担に感じることもあるのでしょうか?

私が学生の頃は、学業とビジネスの融合に否定的な意見もありました。学生紛争の時代を経て間もない時でもあり、「ここは学問の場だ」という意識が強かった。

しかし、今は産業界との連携で新しい研究が進む時代になってきています。

その中で、大学発スタートアップも注目されています。

ベンチャービジネスのアイディアが素晴らしくても、社会が受け入れなければ意味がない。研究とビジネスのリスクは違うので、そのエコシステムの中でうまく動かないと難しい。世の中として必要ではありつつ、しんどさもある。

日本の産学連携の歴史は、2000年頃から本格的に始まったと思いますが、これからどう進化していくと思いますか?

2000年頃、大学の特許の管理が変わり、アイディアの産業化が進むようになりました。これまでは大学で生まれた特許は国のものだったが、今は特許を大学でコントロールできるようになっています。

まだ歴史が浅く、これからですね。

大学からのアイディアを産業化していくには大きなリスクが伴います。それだけでなく、中小企業が大学と連携して、先生方の研究を支援する形がより現実的ではないかと思います。

そうすると、中小企業と大学との連携が深まり、新しい技術やアイディアの発展が期待できるわけですね。

大学側も実際の産業の問題を理解し、その知識を持ち帰ることができる。結果として、実践的な学問の発展が期待できます。たとえば、諏訪エリアの金属加工技術はすごくて、大学が必要とするロボット試作を支える手伝いをするところから始めた企業もあります。

中小企業だって大学と連携するとき、敷居が高いと感じることもあるでしょうが、実際は先生たちも親身になって教えてくれる。そんな関係性が深まってきた感じがします。

学問としての筋道を理解しつつ、現場の経験と結びつけることで、理論と実践を組み合わせた研究が進むと、より質の高い結果が得られるのでしょうね。

学部と大学院における研究の差

喜多先生、学部と大学院の教育目的や提供すべき内容には明確な違いがあると思いますが、どう捉えていますか?

まず学部による差が大きいです。大学を受ける前段階の高校時代に文理が分かれてしまう。
例えば文系の学生たちは、4年間で学びを終えて社会に出るケースが多いです。深い専門知識を持たないまま社会に出る人がどうしても多くなってしまう。

理系の学生は院も合わせて6年間の教育が基本的に想定されていますよね。

 修士課程の研究は、一生を研究に捧げるというより、自分で考える訓練の場ですね。それに対し、博士課程は、真の学問を追求するためのものです。

それに、修士論文の執筆は、ロジックの構築や仮説の検証など、多岐にわたる問題解決の能力が要求されますよね。

そして、最終的には査読者を納得させるべく、自分の研究成果を主張するディフェンスも必要です。第三者を納得させるこの経験は、自分自身の研究に対する誠実さや他者の評価を受け入れる態度を養うと思います。

産業界では博士号の受け入れが少ない現状も

博士号を持つ学生は、日本だと産業界での受け入れが少ないとも言われますが。

博士課程を修了した学生は、専門知識が深すぎるため、企業側からは活用しにくいと感じられることがあるのでしょう。その上、大学の先生としてのポストも減少傾向にあり、キャリアパスが狭くなっています。

そうした状況を踏まえると、博士課程を修了した学生たちには、専門外の領域でも彼らの学びの方法や研究のスキルを活かせる場が求められるわけです。

博士課程での研究は、専門知識だけでなく、問題解決能力や論理的思考などの総合的な能力を育んでいるはずです。社会全体として、ドクターの持つ能力を最大限に活用する方法や受け入れられる風土設計を模索する必要がありますね

大学の学部における教育の本質と捉え方

大学院の専門的なトレーニングを受けることは非常に価値があると感じます。その中で、大学の学部教育は、大学側からどのように位置づけられているのでしょうか。

学部教育は、幅広い教養と特定の専門知識のバランスが求められます。しかし、実際には教養教育は疎かになりがちですね。

それにも関わらず、後々役立つのは教養の部分だったりするのですが、学生の学びのモチベーションを維持することも一筋縄ではいきません。

一般的な意見として、文系学生が大学院に進むと、就職が難しく、研究者の道しかないという言説がまかり通っています。そのため、学部卒の人は、研究を全然せずに卒業してしまう学生も多いと感じます。

理系の学問はシャープに細分化された領域がありますが、文系においても学位を持つ者がさらに活躍するといいのですが。特に文化系の学生たちが社会の中で重要な役割を果たしているケースも多く、大学院の教育を受けた者が少ないというのは惜しいことです。
社会に出た後、再び大学院で学び直したり、専門を変えて院に行くといった流れが増えていくといいなと思います。

学業と実業の橋渡し役が必要である

大学は単なる就職のためのステップとして捉えるのは違うと考えていますが、先生は大学と就職についてどのように考えていますか?

確かに、学問の追求と実際のスキルの取得にはギャップがありますね。大学も学生にそのギャップを埋める方法を提供するべきだと感じます。
しかし大学の先生はそういうことが苦手だから大学の先生になっている(笑)

誰かがそれを担わないといけない。例えば、文理を融合した分野でのワークショップなど、多様な学びの場を提供することが必要。

はい、Abuild就活はまさにそういった学業と実業の橋渡し役を担っています。

大学は企業のステークホルダーではない

以前、大学は企業のステークホルダーではないとのお話がありましたが、教授の現在の考えは?

京都大学のような研究大学は気位が高く、大学は企業や産業界のために学生を教育しているわけではないという節がある。

大学に対してキャリア教育をしていてもそれは少し感じます。

一方で、学生自身が社会や企業との関わりを増やしているのは事実。
また、学生たち自身が大学を変革していってもいいんじゃないかと思います。

学生が主体的に中から大学を変えるというのは良いですね。

学びの場を自分たちで作る姿勢があるといいですが。しかし、大学側からの提供にばかり頼る消費者になってしまっているようにも感じます。

私が学生の頃は自主ゼミの看板がいたるところにあって、それこそ先生を探してきて、自主ゼミを開催したりなど、学ぶのは自分たちだという雰囲気が大学にはありました。

自分から積極的に大学を活用するという意識はまだ浸透していないかもしれません。自分で先生たちにアポ取ってやりたいこと伝えて、協力してもらうこともできますよね。

中には積極的な姿勢を持つ学生もいます。南の海で魚を追いかけている先生とか人工衛星を作っている先生とか、研究者としての側面に触れるビデオを運動部の学生が作成したことがありました。学生も教授も、一生懸命に何かを追求している点では変わらないってメッセージで、あれは良かった。

大学生が今と昔で変わったところ

喜多先生、今の学生たちと、先生が学生の頃とでどのような違いが感じられますか?

まず、学生が成長していく背景や環境が大きく変わったことが挙げられます。私の学生時代、私たちの成長する背景には地域社会が大きな役割を果たしていました。商店街や中小企業の工場が多く、私たちの日常の中で、大人たちがどのような職業を持ち、どのように働いているのかを間近で見ることができました。これは、私たちの職業観や社会への参加意識を形成する上で非常に重要でした。

しかし、現代の学生たちは大都市郊外の住宅街で生活し、多くの親が都心で働いています。学生たちの多くが直接、地域の職業を知る機会が減少しています。

特に、進学校出身の学生は高度な教育を受けてきた反面、社会全体としてのリアルな経験が不足していることが多いと感じます。働くことへのリアリティが低くなっている。
そのため彼らは物やサービスを消費する側の意識が強まり、自分たちで問題を解決しようとするよりも、サービスを購入する方向に進むことが増えてきているように思います。

消費者としての意識が強まっているということですね。ただ、その意識自体は、現代の社会構造や環境から生まれるものなので、一概に否定はできません。

しかし、常にサービスを受け取る側の立場でいるのではなく、社会に提供できる価値が何かを考えるようになっていけるといいですね。
批判者ではなく、構成者になってほしいと私は思っています。

現代の学生たちが特に優れていると感じる部分や、感心するポイントはありますか?

基本的には、学生としての性質や熱意は大きく変わっていないと感じています。
しかし、彼らが持つ経験の幅や、利用できる情報ツールの多様性は大きく増しています。活動の自由度が高まっているのは大きな特徴の一つです。
以前と比べて、学生たちが社会活動やNPO活動に参加する機会が増え、海外での学習経験も容易になってきました。

若者は常に新しいテクノロジーのネイティブであり、上の世代が次世代の変化を否定せず、彼ら彼女らを最大化できるようにしていかないといけません。

ミスマッチが起こりがちな就職活動に
キャリアデザインの考え方を

大学生が就職活動を始めるタイミング、特に3年生や修士1年になると、学業との両立が課題となります。就職活動に多くの時間が割かれ、大学生活の比重が変わってしまいます。

私たち教員の立場からすると「勘弁してくれ」と正直思います。教員が学生を鍛える時間を就活に奪われてしまうから。
一方で、昔の就職活動は、学科の中で推薦もらって終わりだったりしましたが、現代の活動は文系、理系を問わずフラットに進められます。このフラットなマッチングの難しさもあるため、より効果的な就職活動の仕組みが社会的にないといけないんだろうなと思います。

私たちAbuild就活が目指しているのは、どうしてもやらなければならない就活を無駄な時間ではなく、就活を通して「自」を築くための有用な時間にすることです。

学生が就活を始める際、十分な情報や知識がなく、知名度のある企業や先輩からの限定的な情報を頼りに活動することが多い。しかし、それが最も自分に合った選択であるとは限りません。その結果、離職や病んでしまう人が生まれることも。
Abuild就活では、自分で選んでいける武器を身につけ、ミスマッチを減らしていくことに寄与するよう取り組んでいます。

確かに、多すぎる選択肢の中から最適なものを選ぶのは容易ではありません。準備する時間も必要。学生が自らの適性を知り、挑戦したい分野を明確にするための新井さんのような存在も必要です。

そうですね、Abuild 就活のようなキャリア構築に併走する存在がないと学生一人ではどうしても限界があります。

はい、まさに。さらに仕組みも必要です。例えば、京都には多くの大学生が住んでいますが、地元の企業に接点を持つ機会はほとんどありません。地域の産業や企業を理解する時間を持てば、彼らの視野が広がるはずです。

早期からのインターンシップなどで、実際の仕事を経験することで自分が何をやりたいか、どういうことを身につけたいかというリアリティが生まれますね。

Abuild就活では社会を理解し、こういった働く実感を明確にするため、キャリアをどうデザインしていくか、本気で人生に向き合う環境であり仕組みを用意しています。

就職活動を通じて、自分と社会を知る

ところで、雇われる側と雇う側の論理がずれている場合、それは悲しくないですか?

おっしゃる通りで、その双方の視点を理解し合うことが必要です。
たとえば、Abuild就活では自分視点でのWill、Can、Mustと企業視点でのWill、Can、Mustをすり合わせていくワークもしています。

雇う側が求める能力と、雇われる側の将来のビジョンが合致すると良いと思いますが、企業からすると雇う人の将来のことは二の次になりませんか?

人的資本経営という言葉もありますが、最近の企業は、特に優秀な人材の確保のために、どのように社員が自己実現できるかを考えています。会社のビジョンと社員の目標が合致する、そんな企業を探すことが重要です。

そもそも多くの学生さんはそういったところを見ずに就活をしてしまってミスマッチが生まれてしまうことが多いのです。

それは悲しいですね。あの、ソニーが設立された際の理念には、「愉快なる理想工場」をつくりたいとありましたが、ああいうことが伝わらないと。企業が、どういう世の中を作りたいか、どういった形で世の中に貢献しているか、学生がそれを自分事として考えることは中々できていないですね。

まさにAbuild就活で教えている「企業分析における主観的分析」ですね。近年ではパーパス経営という言葉もあり、企業がビジョンやミッションを掲げることも増えてきました。学生が企業の理念と自分とどのように関連づけるかを考えることが大切だと思います。

我々は農業や漁業をしていないにも関わらず、生活できています。この社会で自分はどのように貢献できるのかを考えることが重要ですが、多くの学生は、そのような視点を持つのは難しいと思います。

自分と企業との関連性や適合性を深く考え、自分のキャリアと合致するかどうかを評価することが大切だからこそ、長期休暇を使って世に貢献する方法を考えたり、Abuild就活のように自分の人生に向き合う場が必要なのだと思います。

大学生には人生で得難い時間がある

長い休みをどう使うかは1年生から問われてもいいかもしれません。我々教授陣は授業するだけで手いっぱいで普段忙しいので、休みは勝手にしてよって感じですが、学生にとっては年の3分の1が休み期間なので、世の中で本当に得難い立場にいる。
プレッシャーをかけたいわけではありませんが、ワクワクできることや有意義に学ぶ方法がもっと示されてもいいと感じます。

学びや成長でいうと、学生さんは就活を通して学ぶことが多く、最も成長する期間でもあります。
実際Abuild 就活には就活生だけでなく、1年生から2年生から入ってくれる学生さんもいます。彼ら彼女らは、どう大学生活や人生全体をどう有意義に過ごすかという大きなテーマを求めてやってきています。
就職のためにもちろん大学生活をするのではなく、自分の人生を最大化するためにAbuild就活に入る。
私がして欲しくないのが、ただ就活が大学の時間を奪って意味のない時間になることなんですよ。でも残念ながら多くの学生はそうなっている。そこを転換したい。
構造的にどうしても通らないといけない就活という時期なんだったら、いかに効果的に有効にするべきかを考えるべきなんです。

だから就職活動を通じて、人生を振り返るきっかけにしたり、大学生活を総決算して、人生を描く良い起点になる。そこを真剣にやったか、やっていないかって、すごい今後の生きやすさや楽しさに直結すると思うんです。
実際にアビルドの生徒だと、「自分がこう目標を決めてイキイキとこういうことに挑戦できました」とか、「内向的だったけれども、そこを一歩挑戦してみようと、これ試してみます」みたいな声も結構いただいたりします。

多くの人が、自分の大学時代や就活期間を単なる過程としてではなく、自分の人生を豊かにするステージとしてとらえるべきだと思います。

うん、そういうのはいいですね。

大学の先生だと、なかなか就活を礼賛すること、難しいと思うんですけど。就活っていうのがあるとしたときにそこを捉え直す、ある種有効活用していこうというのは、どう思われますか?

確かに、多くの学生は就職先を見つけなければなりません。そのプロセスは、マッチングの問題です。企業と学生ができるだけ良いマッチングをするための情報を共有し、効果的に接触できるデザインが求められています。

そのマッチングの改善のために、学生のスキルや能力を明示的に示し、企業が求める資質に応じて適切にマッチングするような事業も進めています。

ぜひぜひ頑張ってください。実際には、大学が高校生の進学先としてのマッチングを考える際に、学力や試験の点数が大きな要因となっています。
マッチングで面白い例として、ある会社が金属の加工に関するプラットフォームを提供しているのですが、その会社は顧客のニーズに合わせて目利きの人が間に入り、最適な加工方法をマッチングするというビジネスモデルを持っています。このようなマッチングのシステムは、就職活動においても参考にできるかもしれません。

そのアプローチは魅力的ですが、偏見や先入観を取り除いた公平なマッチングでないといけないですね。

そうですね。不完全なマッチングは競争の中で自然と淘汰されるでしょう。目指すべきは、双方が満足するwin-winの関係を築くことです。それが人の世界でも物の世界でも同じだと思います。

就活の適切なマッチングを見つけることは、多くの変数に影響されるため、計測が難しい部分があります。現在、アビルド就活では人手を駆使して、コーチングやグループレッスンを行い、ベストマッチできるようにしています。しかしその過程をさらにシステム化する方向での取り組みも検討しており、Abuild 就活模試として挑戦しています。

ぜひ、頑張ってほしいですね。

自己実現という言葉への違和感

「自己実現」という言葉には、私には少し違和感があります。 社会の中には多くの人々がおり、自分だけを中心に考えると、その周りの存在を見失ってしまいます。自分と社会との関係を中心に、どのように自分を位置づけ、どう存在すべきか、それが重要だと私は考えます。

アビルドの中のトレーニングでも大いにやっていますが、そういった問いを出し続けるのは大事ですね。
アビルド就活の学生たちの中には、内定が難しく感じ、落ち込む人が少なくありません。しかし、一つの内定で自分の価値を測るのは狭い考えです。
私たちの目的は、単に内定を得るだけではなく、社会との接点を携えた真の自己実現を追求することです。多くの就活塾は内定を重視する傾向にありますが、私たちはそこに焦点を当てず、「社会で活躍するには」というより大きな視点で価値提供をしています。

社会的意義が高いAbuild 就活

今の時代、多くの人が孤独を感じやすくなっています。
フラットな社会では、家族や友人に相談することが難しくなることもあります。親でさえ、子どもの専門分野を理解していないことが多いです。そのため、すぐに孤独感を抱きがちです。まずは、その孤独を解消する。

多くの人が孤独を感じる中、親世代との価値観の違いに苦しむ人も少なくありません。そのような人々に対して、フラットにアプローチできるサービスの重要性を感じています。

私たちは、就職活動などの課題を抱える人々に濃く関わり、サポートしています。そして、そうした人々が社会の中枢へと羽ばたいていくことで、さらに多くの人々がその恩恵を受けるような未来を築きたいと考えています。

次世代の資本主義と
自ら輝く人財を輩出するAbuild就活

最近、資本主義に対する様々な意見が出てきています。ただ、利益を上げることそのものは悪ではありません。大切なのは、その利益の使い方です。現在の資本主義は、利益の再投資が難しく、資金の流れが偏っていることも問題です。

お金はあくまでツールであり、金融投資だけではなく、挑戦や事業のための資金エンジンとしての側面も持っています。このエンジンを最大限活用することが重要で、ただお金を持っているだけでは意味がありません。成功した人々が次世代のためにこのエンジンを使い、循環させることが、健全な資本主義の姿だと考えています。

公共の利益を考えた取り組みや、新しい取り組みに資金を投じる人が増えることを期待しています。
そのためにも社会と人々の緩やかな繋がりも大事になってくると思います。

現在、多くの人々は就職活動や人生の課題に直面しています。私たちの役目は、これらの人々と深いつながりを築き、支援や問題解決を手伝っていくことです。

また、仕事を単なるライフワークではなく、「自分の価値を見出し、社会へ貢献しているという」という意識を生んでいくことも大事だと考えています。
そうした意識を若いうちから持っている人は、働いてからも意味を見出せるので、長期的にバリューを発揮するでしょう。彼ら彼女らは次第に企業の幹部へと昇進し、社会を進めていく人財となります。企業が成長することで、社会を豊かにするサービスも増えると信じています。
アビルドではそういった自ら輝く人財の卒業生コミュニティが強化され、その中での連携も密になっていくでしょう。
私たちの目指す未来は、社会的なリーダーや前向きな価値観を持つ人財が増え、その結果日本の経済や社会が発展していく世界観です。
松下村塾のように日本を牽引していくような多くの有望な人財が輩出されることを目指しています。

そのビジョンは素晴らしいですね。

Abuild就活のようなキャリア構築サービスは
大学では教えてもらえないが社会で必要なもの

喜多先生、アビルド就活という大学生を社会人としての実力を育てるサービスについて、どう思いますか?

大学教育だけではカバーしきれない社会人に求められる能力や、自己実現のポイントが確実に存在します。大学では教えてもらえないことだけど、社会人にとって必要なこと、あるいは自己実現するのに必要なポイントは絶対にあります。そうした点を総合的に提供するAbuild就活のようなサービスは、現代社会での教育の新たな一翼となるでしょう。

多くの大学生や親は、大学入学を一つのゴールと捉えがちですが、実際にはその後の方が重要です。

その通りで、入学はあくまでスタートライン。その後の世の中での活躍のための準備、例えば世の中を広く知ることや、現場で活躍するプロフェッショナルの姿を学ぶ機会が非常に大切です。アビルド就活のようなサービスが、このブリッジとしての役割を担っていると感じます。

本当にそのようなビジョンでアビルドを運営しています。今後も、大学生たちが社会での役割をしっかりと果たせるよう、邁進していきます。

その志向性は社会からも高く評価されるべきですね。今後の更なる発展を期待しています。ぜひ頑張っていただきたい。

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